冬の夜の匂い
 
 

ワタシは自分の周りで起きたことをキッチリ記憶する方じゃない。性格なんだろうと思うがかなりおおざっぱにしか憶えない。まあ必要かなと思う部分しか憶えないのだ。たとえば一回くらいしか逢ってない人の顔とかすぐ忘れてしまう。だいたいの体格や雰囲気とかはうっすら憶えているけどその程度。あと昔のこともあまりはっきり思い出せない。一年くらい前ならなんとか、十年くらい前のことになると断片的にしか憶えていない。 まあでもみんなそんなモンなのかな?あまり聞いたことがないのでよくわからないが。

さて。

今日は習い事が8時で終わったので外で食事をした。
食事が終わり、何本かタバコを吸ってコーヒーを飲んで表に出た。
昨日雨が降ったので、だいぶ気温が下がっている。凛として肌を刺すほど冷たい。
この時期、室内から外に出ると冷たくて乾いた、どこか懐かしい匂いがする。なにか特定のモノの匂いじゃない。 空気の匂い、冬の夜の匂いとワタシは呼んでいる。
この匂いと夜の道路。すっかり忘れていた数年前の情景が浮かんだ。

大学の頃の話。
大阪の大学に入っていちばん最初に友達になったヤツは熱い男だった。ムリヤリ引き込まれて、二人とも自治会役員になった。ワタシはめんどくさがりだったのだが、ソイツは学祭企画や合宿、イベント、コンパ・・いろんなことを企画していた。熱いヤツは嫌いじゃないワタシは協力したり、いっしょにヨッパらったり、泣き言を聞いたり聞かせたり、ケンカしたりしているうちに無二の親友になってしまった。結局、大学4年間ずっといっしょに遊んだ。バイト先も紹介してもらったのでいっしょだった。
フツウそうなったら付き合ったり恋愛話の一つや二つありそうなものだったが、ソイツは時間は守らない、弱いクセにスロット好きというとってもやっかいな部分もてんこ盛りだったのでそういったウフフなハナシには発展しなかった。
ソイツはバイクが好きで、ホンダのブラックバードとかいうでかいバイクに乗っていた。百万円以上するらしく、ご自慢の愛車だった。よく二人で夜中に飲みに行ったりしてたのだが、そういうときソイツがバイクの後ろに乗っけてくれた。 ワタシも原付を持っていたが、併走すると遅いので乗っけてもらってたのだ。

ある冬の夜、自治会の打ち上げ後に送ってもらうことになった。たしかワタシが原付のキーをなくしてしまったからだったと思う。その道すがら、少し話をしながら走っていたのだが、デカイ交差点でうっかり信号無視をしてしまったのだ。
すると周りでパァァァァと大きなサイレンの音がした。覆面パトカーだ。
びっくりしたワタシが「どうすんの!?」と言うが早いか、ソイツは「しっかり掴まっとけ!」と言って一方通行の脇道を逆走して逃げだした。後ろからパトカー二台が追いかけてくる。振り落とされそうなイキオイで路地をぐるぐる回り、どこかの工場の敷地に入り込みバイクを一番奥に停めて建物の陰に隠れた。服も一番上に着てるモノを脱げと言われたのでその通りにした。赤色信号無視三回、制止を無視して逆走。スピード違反、知らない建物内侵入・・・たぶん見つかったらしばらくバイクには乗れなくなるだろう・・。それですめばいいけど・・。ソイツの免許にほとんど点数なんて残ってなかったらしい。サイレンが鳴った瞬間方向転換していた。慣れてるんだなあと息をひそめて考えていた。しばらくサイレンの音は聞こえてたけど30分もしたら消えてしまった。
そのあといつまでもこのままではいられないので、かなり遠回りをしてワタシの家に向かった。その間ワタシはソイツの背中で、さっきのパトカーに出会いはしないかとビクビクしていた。
大きな幹線道路の坂を登るとき、冷たい冬の風が顔にビュウビュウ当たった。

その時ふっと思った。
「コイツとならずっとどこまでも行けそうだなぁ・・・」

単に交通違反して逃げ回っただけのハナシで、決して誉められるようなネタじゃない他人が聞いたら笑っちゃうような、バカバカしいハナシだ。惚れたとかそういうのでもない。その後卒業までだいぶあったが恋愛のレの字も二人の間には出なかった。
その後もずっと変わらず、友達として楽しく過ごした。

でもその時は本当にどこまでも道が続くかぎりコイツとなら走っていけそうだと思った。そしてどこまでも道が続いてほしいなあと願った。ちょっと恥ずかしいが。

その後ワタシらは卒業して、ソイツとも昔ほど連絡をとりあわなくなった。いまは地元に戻って仕事してるらしい。アイツでも仕事なんかすんのかと思ったりした。バイクもそんなに乗らなくなったそうだ。ワタシはあいかわらず大阪に住んで原付に乗ってる。あの時と同じ道を走ったりしてる。
そして冬になると、その時感じた匂いに遭遇する。
冷たくて乾燥した、そして凛とした匂い。それを感じると少しせつなくなったりする。

たぶんその匂いには大学時代の楽しかったことがぜんぶ含まれているんだと思う。

 
 
<< Before + Menu + Next >>